人智、人力が及ばないもの。
私は高齢だからどうしても昔の話を度々してしまう。それも耳学問や過去に読んだ書物の受け売りが多い。
米は食べられるまで八十八回も手がかかるので
八十八で「米」という文字が出来たそうだ。
江戸時代は確かにそうであろう。
今ならほとんど大なり小なり機械作業となり省力化が進み手作業は三十回ぐらいで済むのだから、、
三十、、、「汁」という字が当てはまったりして。
時代は飛んで省力化が進み人手がかから無い分米価が安くなった。
温暖な気候といわれる最近は北海道でも稲作が盛んだそうだ。
温暖な気候は何も今始まったわけではない。
暑い暑いの今年はいまだに治らない。
この暑さは気象学者によって解明されていて、台風の発生などもそのメカニズムはよく知られてる。
何百万ヘクタールあるか知れない農地に雑草のない世界がある。
一方身近な住まいの僅か100平方メートルの宅地に雑草が生え放題で手付かずのジャングルがある。
家屋の分を差し引いて土の見えるところは10平方メートルあるかないかのスペースである。
機械や農薬の使用をしないいわゆる江戸時代の稲作のように八十八回の手作業で自然界をコントロールしようとしているのだが暑い、虫が嫌い、汚れる作業は嫌いなどで放置している。
広大な農地を人智、人力で雑草のない世界を作れる一方で極小の敷地を人智、人力を持ってコントロール出来ない世界がある。
除草剤など農薬を使用しなくても繁茂する夏の間、しばらく我慢してればやがて全ての雑草は冬将軍の前に平伏す。
徳川家康の遺訓に「及ばざるは過ぎたるより勝れり」とある。
3年前は雑草の中に芝があった。除草剤と化学肥料の力と毎月芝刈りで雑草から縁が切れた芝庭です。
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